白石/hitodama128/コースの雑記

白石倖介(ひとだま128)(コース)の雑記です。Tech・まんが・毎月のまとめなどを書きます。お仕事依頼はメールをください(記事を書いたり、編集したり、写真を撮影したりできます)Mail:hitodama128 at icloud.com Twitter:@course128

アスキーからコミックビームへつながる縁

コンピュータとゲームとマンガが好きなので、そういう話をしつつ、最近読んだ本の話をします。

 

最先端メディアの周りには、それが生まれる以前には活躍の場を持たなかった人や、とにかく新しいものを受容したくてやきもきしている人や、それに魅了されたヤバイ奴らが現れる。毎日新しいことが起きるから、ルールを作る前に新しい反則が生まれてしまう。そんなスピード感の中で、人々が目まぐるしく生きていく。だから新しいメディアは面白い。
80年代の人々にとって、それは「コンピュータ」と「ゲーム」だったのだ。そして、それを扱う雑誌が意味不明にバグっていた時代だった。

80~90年代の『ファミコン通信(後のファミ通)』について書こう。ファミコン通信アスキー(現・KADOKAWA)が刊行していたゲーム雑誌だ。
アスキーは『月刊アスキー』を刊行し、米・マイクロソフト社とともにパソコンの共通規格「MSX」を提唱・普及させるなど、日本のコンピュータ雑誌文化を担った企業である。本題からずれるので多くを語ることはしないが、日本のコンピューティングの発展・普及は常に、アスキーとともにあったのだ。現在はKADOKAWAグループになったが、近年電子化した『週刊アスキー』や、アスキー・メディアワークスの社名などに、今も名前を残している。
当時、『月刊アスキー』の別冊誌が『LOGiN』として独立、ここから派生したテレビゲームの専門誌が『ファミコン通信』だった。ここでは80年代後半~90年代前半、ファミコン通信で連載していたマンガを一部紹介したい。

 

羽生生純+竹熊健太郎ファミ通のアレ(仮題)』

 

餅月あんこ『ドラネコシアター』

 

桜玉吉しあわせのかたち

 

鈴木みそあんたっちゃぶる

 

ゲームの雑誌で、なんでこんなに濃い連載陣がマンガを描いているのかといえば、要するに「今、ゲームがオモシロイ!」と思った人々がマンガを描いていたんだと、そういうことだと思うのだ。でも、『ファミ通のアレ』なんて腐乱死体となった桃太郎一行がガンジス川を流れていく様子とかを定期的に描いてたり、『ドラネコシアター』は相模女子大学付属高校でハンドベル部に所属する著者の部活の話とか延々描いてたり、『しあわせのかたち』は連載後年鬱になっちゃうし、あんたっちゃぶるなんて「香港マジコン最新事情」みたいなマンガを複数回掲載してて、毎日いろんな事が起きる世界をどうやって切り取るのか、そういう試行錯誤の中で言論の質も高まっていった結果ノンルールでソリッドな誌面が作られていったのかな、と想像できる。
ちなみに90年代半ばからゲーム雑誌にはゲーム会社の広報チェックがバチバチ入るようになり、こういうお祭りな状態は静かに終焉を迎えることになった。
で、その後95年、『アスキーコミック』を前身としたマンガ雑誌コミックビーム』が創刊する。編集長(現在・編集総長)の奥村氏は元秋田書店からアスキーに移籍した人で、秋田時代の上司には伝説の編集者、壁村氏がいる。手塚治虫とか赤塚不二夫とか吾妻ひでおの事を調べると必ず名前が出てくる人だ。その後ファミ通二代目編集長の浜村氏が代表取締役を務める株式会社エンターブレインが発足、コミックビームエンターブレイン刊行書籍となる、という流れのはず(間違っていたら修正します……)。
で、今もコミックビームは刊行しており、出自は全く異なるものの「平成のガロ」とか呼ばれている。

マンガ家として餅月あんこ氏の名前を聞くこともなくなり、鈴木みそ氏はビームを"卒業"してしまったけれど、かつて最先端を走ったゲーム雑誌の息吹が、今もマンガ雑誌に息づいているということに感動してしまう。

と、まあここまでを前提として、先日こんな本を読んだ。 

周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集

周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集

 

姫乃たま『周縁漫画界』

コミックビーム連載陣へのインタビュー集だ。著者の姫乃氏は方方でコミックビームへの愛を語りまくっていたら編集部から連絡をもらい、インタビュー連載をすることになったという。前述の不思議な経歴で生まれたマンガ雑誌の姿に、彼女はマンガ世界の「周縁」を見て、自身の気持ちとともにインタビューを丁寧に起こしていく。彼女の新鮮な体験が、そのまま文字になっているところが素敵で、歴史に思いを馳せながら読んだ。面白い本でした。

 

かつてコンピューティングという新しい文化の最先事情を追いかけた雑誌があって、それを源流に持つマンガ雑誌が今もあって、そして現在のビームを純粋に愛する人が今、インタビュー連載を行っている、そんな「流れ」にも感動してしまう。

ゲームもコンピューティングも人々のもとに行き渡り、目新しいものではなくなった。「最先端」という言葉自体が古い言葉になったようで、使うのもなんだか気恥ずかしい。しかし、今もなお、不意に周縁に最先端を見る事がある。時間も人も地続きに、世界は続いているように思う。