hitodama128/course128

lHitodama128/Course128/しらいしこうすけの雑記。Tech・まんがなどについて書きます。Mail:hitodama128 at me.com

MOSAIC.MAID給仕祭と13歳の僕。

先日、MOSAIC.WAVがディアステージで喫茶&ライブイベントをやるということで、下川くんと行ってきた(ベルサールでは電撃祭がやっていて、バーチャロンの試遊台が稼働していた)。
カフェもライブも素敵なイベントでした。
2018年に"AKIBA-POP"を秋葉原で聴けると思ってなかったし、み〜こさん動いてるのがもう凄まじくて、思わず両手を合わせて見てたら、横にいる下川も手を重ねていた。祈りのように手を合わせながら、チカチカした音の中で、「めがねでねっ!」「魅惑のツンデロイド」を生で聴く体験が、ちょっと信じられなくて、時間がバグってしまった。そのバグを下川と一緒に体験できて、すごく嬉しかったです。偶然取れたチケットで、忙しい中一緒に行ってくれてありがとう。

その感想を書こうと思って、昔のことを思い出したら、なんかチャンネルがずれちゃって、下の文章が出来上がりました。至近未来を望遠レンズで見たような圧縮効果が生まれてしまい、思い出の続きもライブの感想も、全部が時間を超えてしまった。

 

------

最近、昔取りこぼしたモノに対しての執着がすごくて、いろんなことをやり直している。目を瞑るとあの頃が追ってくる。けれど、こうして思い出すあの頃の僕も、今と変わらず何かに追われていた。2006年、13歳(中2)の僕は常に急いていた。

とにかく、オタクに対してのコンプレックスが炸裂していた。自分だってオタクなのに、それが嫌で嫌で仕方がなかった。特に、物語や音楽に、機能を求めたり、それらを自身の横に置いてでかい顔する奴が全員嫌いだった。ある日暗い部屋で読んだ『最終兵器彼女』をどうやって論破しようか寝ずに考えた。あらゆる何かを打倒しようと叫ぶ構えを取ってみても、なんと叫んでいいか言葉が見つからず、頭の中に灰色のレイヤーだけが増えていった。寝ていないから自身の描画性能が追いつかない現実世界の中で、漫画と液晶があまりにも輝いていた。つまり僕はずっと輝きを追って、暗闇に追われていた。
コンピュータが好きだったし、インターネットにはいくら潜っても底がないように見えた。イヤフォンから魂のルフランを垂れ流し、家のMacで崩れたアスキーアートを見ながら2ch(今は5chらしい)にROMっていた。Windows PCを持っていないことが辛かった。あの頃のオタクにとってWindowsを持っていないというのは、身体が半分無い状態からスタートするのと同義だったので、僕はMacを使って身体のもう半分を作った。インターネットのもっと深いところに潜るためには、つまり生き残るためには必要な施策だった。月姫Macでやったし、「伺か」もMacで動かした。僕は偽春菜を覚えている。君は僕を覚えているだろうか? あの頃の経験から、僕は新しいハードウェアを買うたびにその上で月姫を動かすようになった。僕の初代iPod touchでも月姫が動いている。
中2の夏、どうしてもWindowsでしか動かないとわかった「Melty Blood」をやるために、「3万円で作れる自作PC」という本を買って、初めてWindows PCを組んだ。Windowsのことなんて右も左もわからない状態で中古パーツを買いあさり、組み上げて電源を入れたら、エラーを告げるビープ音が家中にけたたましく鳴り響いた。英語飛び交うWEBサイトを検索しまくった結果、サポートページにたどり着き、店員のミスでパーツを間違えて買ったことがわかり、秋葉原まで返品しにいった。てんやわんやあって組み上げたWindows
は不細工だったけれど、おなじように醜い僕の半身としてはこれ以上なく正しかったし、ホワイトキャンバスで買ってきた「東方紅魔郷」が映す、パチュリー・ノーレッジの紫色の弾がブラウン管に揺れる姿は、ひととき自身の周りを忘れるぐらい美しかった。
常に明るくてキラキラしたものを追い続けていたのに、灰色のレイヤーは減るどころか増え続けた。「美しいってなんだろう?」とダサいことを考えている時には、間が悪いというか、耳元でNirvanaが流れていた。 "Smells Like Teen Spirit"を「厨二臭」と訳したネット民天才だと思う。

つまるところこの苦しい気持ちの終わりを探していた。
もちろんそんなものはなく、灰色のレイヤーというのは行き所のない気持ちのキャッシュファイルだったのだと今ならわかる。
だからあの時ネトラジ「ラプラスの魔ラジオ」から流れてきた「笛吹き男とパレード」に衝撃を受けたのは至極当然のことで、当時秋葉原で買えるアルバムは全部買った。
https://www15.atwiki.jp/rapurasunoma/

auの携帯電話で毎日見てたアキバBlog。「Elysion~楽園幻想物語組曲~」が出た時の記事を僕は今でも忘れない。
http://blog.livedoor.jp/geek/archives/18796563.html

僕が産まれる以前から情報が増え続けるこの世において、輝く歴史の中間地点に産み落とされたことが悔しくて辛かった。テクノロジーへの憧れや、恐れや、軽蔑は、却って僕の「理解したい」という気持ちを加速させた。何よりも、「知らないまま持っている感情」が一番怖かった。だけど、インターネットは深すぎて、当時の僕は文字通り情報の波に溺れていた。検索に次ぐ検索を経てたどり着いた、管理人が置き去りにして忘れ去られた原色のWEBサイトが文字化けしていた時、2バイト文字の濁流に流されながら、僕は興奮していた。MOSAIC.WAVは、そんな僕に"効いた"。
http://www.sham.jp/studio/product/02akibapop-alcd/index.shtml
あの頃の秋葉原は、インターネットを具現化したかのように、最先端の文字や色、記号で溢れていた。MOSAIC.WAVを聴きながら秋葉原に行くと、自身のいる地点がかすかに見えて安心した。局地的なインターネットが街に具現化されている、という体験は、世界がそこで閉じているような錯覚を起こし、セカイ系コンプレックスから抗えないとって、すごく安心する場所だった(人は安心すると進化しなくなると信じていたので、それも少し嫌だった)。
ツンデレ」「眼鏡っ娘」「メイド」などの記号がルパンのタイトルみたいにチカチカと巡る世界で、これらの言葉を嫌いにならないでいられたのはMOSAIC.WAVのおかげだと思う。60フレームの世界でも、無限解像度の現実世界でも、灰色レイヤーの質量は変わらなくて、しかし「We Love AKIBA-POP!」って言葉はあまりにも明るくて、やっぱりキラキラしていた。
------

今、でも、キラキラしていた。