白石/hitodama128/コースの雑記

白石倖介(ひとだま128)(コース)の雑記です。Tech・まんが・毎月のまとめなどを書きます。お仕事依頼はメールをください(記事を書いたり、編集したり、写真を撮影したりできます)Mail:hitodama128 at icloud.com

2009年の思い出 第2話 土曜日が見せた夢

前回書いたこと、そしてこれから書いていく文章は、ほぼ全て僕の思い出・記憶と、過去の日記を見て精査したものなので、事実と違う部分があるかもしれない。なのでツッコミがあるときはいつでもコメントください。適宜修正or反論します。

前編はこちら。

http://hitodama128.hatenablog.jp/entry/2017/10/29/222223

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2009年8月。ズットズレテルズが企画したライブ、「世田谷90'presents TEEN AGE SCREAM CONTEST Vol.1~知ったフリしろライオット~」の開催日(よくリンク残ってたよな)。「閃光ライオットで出会った面白いバンドをたくさん出して、下北沢ガレージで大騒ぎしよう」というような催しだ。開催の当日、ズレテルズのベーシストであり、幼稚園から高校までの同級生であるヒゲメガネ氏は僕に電話をかけてきた。
「リハ終わったら暇だから下北で会おうよ、会わせたい奴がいるんだ」
下北沢に向かう僕は、「ああ、おそらく先日聞いた挫・人間というバンドの人だろう」と思った。前情報がほとんどなかったうえに、僕自身が今よりももっと人間も態度もできていない(くせにしがらみに起因するプライドだけは高いクソ)オタクだったので、期待よりも大きな不安を持って「年下だし許せるかな」と、出会う前から許せない奴への対処法を考えていたと思う。
今の僕でもそうするから多分間違っていない。

下北沢に降り立ち、空いてるのを見たことがない十字路のあたりで待ち合わせた記憶は正しいだろうか? ヒゲメガネと合流して、横にいる猫背の、太った小柄な男を紹介してくれた。
「熊本でバンドやってる挫・人間の下川くん」
付いてた敬称が「くん」だったか「さん」だったか呼び捨てだったかも定かではないけれど、こういう紹介をされた気がする。場所も紹介もすっごく曖昧なんだけど、自分がした質問だけは今も覚えている。
「コロコロ派ですか?ボンボン派ですか?」
「どっちも読んでましたけど、ボンボン派です」
「ジャンプとマガジンは?」
「マガジンです」

仲良くなれる気がした(僕や下川氏が読んでいた頃、95〜00年あたりのボンボンというのはサイコーに狂っていて、特に『新・女神転生デビルチルドレン』の狂い方といったら、僕と下川氏が揃って単行本巻末の読者投稿イラストまで記憶していたほどのショックがあったのでした。マガジンもラブコメの比率が異様に高く、今の認知のされ方を考えたら納得なんだけど、当時はマイナーな作家だったといっていい久保ミツロウ氏の『3・3・7ビョーシ!』などは、時代性も相まって「セカイ系終焉後の『シティ感』」みたいな物が溢れておりました)。

デビチルの話をしたりエヴァの話をしたりと、盛り上がった記憶がある。この出会いの後も数度の邂逅のたびに僕らは好きなマンガの話を今に至るまでし続けているので、この日に話題に上がった作品をすべて列挙することはできないけれど、少なくともヒゲメガネを置いてけぼりにしたのは確実だ。ついでに言うと先日この3人で飲んだ時も、同じような置いてけぼりをやってしまったので、この3人でいるとおしゃべりヒゲメガネ乳首のおしゃべりターンが少ないことがわかる(いつも申し訳ないとは思っている)。

実は、この日のライブ自体はあんまり覚えていないのだ。ブライアン新世界がライブ終わった後に「また会おうぜ!」って言ってからなぜかベースアンプの後ろに隠れて、数秒後何事もないかのように舞台袖にはけていった、ということしか覚えていない。

そして次に彼らを見たのはこの6日後、閃光ライオットのファイナリストが集った国際展示場だった。
ちなみにこの日、ズットズレテルズは調子が悪かった。というより、ファンキーでインドアなグルーヴを起こす彼らの音楽は、青空の下、野外ステージとはあまりにも親和性が低すぎた。
でも、同じように親和性が低そうな挫・人間のステージは、しかし見る人の、少なくとも僕の心を打っていった。今でも覚えている。訛の抜けない日本語でたどたどしく話す下川氏が、「やろうじゃないか、君たち大馬鹿者の歌だよ」と言って始めた「土曜日の俺はちょっと違う」が忘れられないのだ。
2009年8月8日の土曜日は、誰にとっても彼にとっても僕にとってもありふれた土曜日であったけれどしかし、それでもそれを、その日の自分を「ちょっと違う」と歌う太った小柄な男が、とても素直で、何かが憐れで、でもそれを憐れむことができないほど、美しかったのだ。

この後、ヒゲメガネの「東京来ちゃいなよ!俺と同じ大学行こうぜ」というような誘いに乗った下川氏は上京、肝心のヒゲメガネが先に大学を中退、取り残された下川氏はそれでも大学を卒業して、今も東京で挫・人間を続けている。ヒゲメガネは酷いやつだな。

そんなわけで、私と下川氏、ひいては挫・人間とのおつきあいはここから始まったのでした。東京に来た下川氏は、抜けていくバンドメンバーに四苦八苦しながらそれでもなんとか挫・人間を構築し続け、ファンもどんどん増えていった。僕にとっては漫画の話ができる数少ないお友達で、このタイミングで出会えて本当に良かったな、と今でも思います。あの頃。大学に絶望しながら、エヴァ滝本竜彦の話をして、漫画を読んでいた、僕らのあの頃は、今となっても苦虫を噛み潰すような体験の中にある僅かな幸い、地獄の幸いだったと思います。

最後に、改めて。
人間、頭からペットボトルなんて出ないし、土曜日もだいたいいつもと同じだし、人生プレイステーションやってるだけではどうにもならないことは、他ならぬ彼自身が証明しているのでありまして、それでも誰かが彼らのステージを見ることで、そんな当たり前の日々の中に何かを見るなら、それは誰かの救いになるかもしれないし、そんな救いがはじめにあって、そこから誰かの人生が好転するなら、それは幸いにほかならないと、いつも思っています。

 

挫・人間聴いてない人は、アマゾンで買えるから買おうね!

細かい音源は拾わず、曲数の多いやつを下記にまとめてみた。

 

『苺苺苺苺苺』

2013年6月発売のファースト・フルアルバム。

手に入る音源で最も古いのが多分これ。「人類」「タマミちゃん」から「天国」「式日」へと、個人的なテーマが連鎖して生まれたアルバムだったのだろうなと、今聞いて思う。ちなみにこのアルバムのamazon商品紹介は必読。書いてる人絶対めっちゃ困ってるから。

 

『テレポート・ミュージック』
2015年8月発売のセカンド・フルアルバム。
バンドの名前である「挫・人間」に偽りのないくじけ方は聴いてて清々しい。自身の人生や、掲げたテーマに向き合う辛さがタイトルを歪めていくことで、「コミックバンドなの?」と思わせるような曲名が続くけれど、そこでいきなり「十月の月」のような曲を入れてくるところに、挫・人間の恐ろしさがある。
 

『非現実派宣言』

2016年9月発売のミニアルバム。

「宣言」というのは生まれた以上、表明するしか無いんですよね。山本直樹「レッド」とか読んでてもそうでした。非現実派宣言を打ち立てた彼らの「☆君☆と☆メ☆タ☆モ☆る☆」を聞かされて、その後「愛想笑いはあとにして」を聴いたときに喰らう圧倒的な「置いてけぼり感」を是非体験してほしい。

 『もょもと

2017年10月発売のサード・フルアルバム。

「復活」した彼らがリビルドし、音も詩もネクストステージに至った、最新式の挫・人間が見える1枚。本当に格好いいし、最後の1曲がファースト・シングルからの引用なの、泣いちゃう。過去の自分やこれまでの道のりを肯定できる力、力づくで過去の正しさを証明してしまう強さがある。前述の『テレポート・ミュージック』と今作の間に『非現実派宣言』があることに、強く納得させられてしまう。

 

 

 

気になったらCDを買おう。そうやって後悔を減らそうよ。そして、CD聴いたら、これまでの不幸せを全部持って挫・人間のライブに行こう。何にも解決しないけどそれでいい。