白石/hitodama128/コースの雑記

白石倖介(ひとだま128)(コース)の雑記です。Tech・まんが・毎月のまとめなどを書きます。お仕事依頼はメールをください(記事を書いたり、編集したり、写真を撮影したりできます)Mail:hitodama128 at icloud.com Twitter:@course128

ことばクラスター(シーンとスケール)

1月16日に誕生日を迎えました。TwitterInstagramに「爆裂祝ってくれ」と書いたら本当に皆さん爆裂祝ってくれて大変嬉しかったです。ありがとうございました。

このごろ、10年という時間について考える時間が増えた。それは好きなコンテンツや友達付き合いなど、身の回りのいろんなことが相次いで10周年を迎えていることに加えて、僕が初めて「10年」という尺度を得たことにも起因しているように思う。
人は身の回りのあらゆることを区切ることによって記憶している。この区切りを「シーン」と呼ぶならば、人はシーンによってしか自身の思い出を知覚・保持できない。そして、その思い出をどのような尺度で振り返るかによっても、思い出の見え方は変わってくる。つまり、シーンをどんなスケールで保持するかということだ。僕はそろそろ人生で初めて「10年」というスケールを得た、だから今、いろんな時間をこのスケールに当てはめて覗いてしまうのだと思う。
シーンとスケールを用いて人は過去と向き合っていく。

「私はこの10年で何を、何かを成し遂げただろうか?」
「私の10年は美しい時間でした」
この大カッコは不変で、だからこそ普遍だ。いろんなときにかばんから10年ものさしを取り出して、測ってしまう。

それで、気づいたんですけど、僕は10年の間、ことば垂れ流しで生きてきたんだなと。僕はずっと言葉の近くにいて、それは不安なときにも靭やかな文はぐにゃっと曲がったりぷるぷるしたりしないからで、なんだか寝て起きるみたいに、ずっと喋ったり、ずっと書いたり、していたなって。それは僕に安心をもたらす大事な要素で、つまりは生活の一部で、でもだからこそ、同時に僕は自分が話したり書いたりする言葉にずっと無頓着で、さらにいくつかのコンプレックスや恥じらいからそこに価値を見出さないようにしていたんですけど、昨年はいくつかのタイミングで真剣に言葉と向き合って、そうして書いたり口に出したりしたものを、文章だったり、早口オタクだったり、記事だったりといった形でパッケージングして出力しました。そうしたら、僕の言葉を真剣だって、美しいって、素敵だって言ってくれる人がたくさんいて、とても嬉しかったです。
自分を信じることはとても難しく、しかし自分をないがしろにし続けるといずれ限界は来るもので、結局のところ当事者に近道はなく、遠回りしながらでも内省に帰ってくるんだなって、しみじみ思っていまいました。
人生の転機でした。もう一度信じます。今年はそういう忘れ物を拾っていく。もう一度信じる。何度も言いますが、今年は飛躍の年にします。よろしくお願いします。

会社員をできなくなってからそろそろまる2年ぐらい立ちます。昨年9月にフリー宣言をしましたが、まだまともに身を立てられているとは言えない状況。「フリーライター」を名乗ったものの意味不明な事し過ぎだし、むしろそれを面白がって、もっと意味不明にしていきたいと思っているので、フリー意味不明文字屋さんぐらいのレンジの広さで行きたい。詩とかも書く。

と、こういう成り立ちと心境の変化があった結果いろいろ見直しているんですが、今僕はこのBlogとInstagramTwitterに言葉を垂れ流しにしていて、なんでこうなっちゃったかというと無頓着だったから、なんですけど、選択と集中って絶対大事ですよね。素敵な歌が素敵なのは、製作者がその歌に注いだ時間が素敵だからで、今の僕は自分から出てくる言葉を出てきたそばからクラスター爆弾みたいに落としてしまっている。自分の言葉を大事にする上で、選択と集中について考えます。当たり前だけど仕事してる時ってツイート少ないんだよ。

どこを選んで注力するべきなのか、自身の言葉を最大化できるポイントはどこなのか、考えて行きます。なのでブログとかツイートとか写真投稿とか、減るかも。減ってたら良い傾向なのでそっと祝ってください。

あと、お仕事、いつでも募集中です。書く仕事に限らず。

2019あけましておめでとう(12月のわたし/昨年のわたし/今年のわたし)

こんばんは。あけましておめでとうございます。ひとだま128(コース)(白石倖介)です。ひとだま128はハンドルネーム、コースは早口オタクネーム、白石は本ネームです。今年もこれでやっていくぞ。

「12月のわたし」を書くとか言って書かないまま新年突入しちゃいました。以下、書きます。

 

・12月のわたし
12月は主にぐったりしていました。
2018年はダースレイダーさんがフロントマンを務めるバンド、ベーソンズの主催イベントである「片目と語れ」の1コーナー「お題MCバトル」に定期的に出演させていただき、大変お世話になりました。著名なMCたちの間に収まるオタク、という秋葉原らしい趣を醸すのに一役買えているかな、と不安ながら自負しております。我々秋葉原サイファーの物販ブースを置かせていただけるのも超ありがたいです。ホントいつもお世話になっております。秋葉原サイファーの音源はコミケと「片目と語れ」で買うのが入手難度低いのでおすすめです。
12月12日には「年末総決算SP」としてゲストに姫乃たま氏、町あかり氏、宮台真司氏が来る豪華さ。バグっている。宮台真司氏の前でフリースタイルオタク早口やっちゃった。不思議な人生だぜ。

あとは、人生ほぼはじめてのすき焼きを食べました。すき焼きって家庭料理なんだけど白石家にはすき焼きが存在しなかったため、食べないまま大人になってしまった。地方によって形が大きく異なる料理で、浅草で一つの正解を食べられてよかった。多分、高い肉を物理で殴る料理だと思う。大変美味しかったです。

もうね、カレンダー見ながら書いてるんだけど12月ぐったりしてたから本当に予定が少ない。マジで1件も仕事していないので、おそらく2月の困窮がすごい。

あと、秋葉原で開催されていたMOSAIC.WAVの謎解きゲームを解いてきました。

www.yodaka.info


まだゲーム期間なのでネタバレとかは全回避した上での感想をいうと、モザイクガールズの影を感じながら秋葉原を歩いて謎を解くという行為が、すごく良いゲームになっていました。

その後はコミケコミケは例年通りの3日間参加、平成最後のコミケですが秋葉原サイファーは落選してしまったので、ツイッター連動動画企画を行いました。私も16小節の音楽に合わせて早口でべらべら喋っています。

 

元号となる2019年夏からは東123456展示場が使えず4日間開催……と、何もかも新しくなってしまうことがわかっている中で、今回のコミケが往年の東123456西12編成で行われたのが嬉しかった。ただ、3日目試験的に導入された西に一部の男性向を置く取り組みはやばかった。西島中に列ができるとああいう地獄が生まれるんだな。来年が不安で仕方がない。
2日目に、生きててよかった級のヤバい邂逅があって嬉しかった。今年は縁も恩も、なにかにつなげます。必ず。どうしても自身の動きが重くなってしまう部分があり、今年はどうにかします。

コミケ3日間が終わり、軽い打ち上げなどを済ませてハッと気づくと年も開け、起きたら1月1日の夕方でした。


・昨年のわたし
2018年は激動の1年でした。カレンダーとTwilogを見ながら記憶をたどっていこう。

1月は友人の結婚式とかがありつつ、いくつかのライブを見てました。

2月は出版社の面接を受けて、落ちていますね。

3月はいくつかのライブを見た。MOSAIC.WAVがディアステージで行ったイベントは特に印象的でした。そして、kalafinaのファイナルライブを見ました。そのライブがファイナルになると、そのときは知らなかったから、偶然に取った当日券に今も感謝しています。Obliviousを、カンタンカタンを、そしてアレルヤを、聞けて本当に良かった。涙を誠実に愛する。

4月は花見をしたり、「片目と語れ」に出演したりしました。ライブも見ました。

5月はコミティアが楽しかった。あと、友だちに誘われて浜焼きバスツアーに行きましたね。そして13年ぶりかな?第二回ぶりに博麗神社例大祭に行きました。

6月も何本かのライブを見ているんですが、6月7日の大森靖子@リキッドルームが1列目で見られたことを思い出して感動している。最前で彼女を見ると、放射線が降り注ぐ。20日には「片目と語れ」に出ました。そしてこの月は2度リキッドルームに行った。24日に友人がライブをやったのだ。感激して、いつにない心持ちで大泣きしてしまった。未来も夢も信じられる一瞬を見せてくれた。ありがとう。

7月。7月1日は梶浦由記の25周年ライブ@舞浜アンフィシアター。これも泣いてしまった。2018は、世界がkalafinaを喪った年なのだ。それでも舞台は美しくきらめいて、アンコールのThe World、ずっと忘れない。後日、僕は行けなかったけれどツアーのファイナルにRevoが出てきて、2008年ぶりに「砂塵の彼方へ…」を歌った、というニュースに吹っ飛んでしまった。そして7月24日新宿紅布、OKAMOTO'S+挫・人間。これはなんというか、儀式でした。開け放たれた世界で10年が響く。予想以上に、遠くまで来てしまった。
あと、7/27には第10回オタラップMCバトルが開かれましたね。

hitodama128.hatenablog.jp

ついに10回目を数えたこのイベント、今年もやっていくぞ。これはマジだ。

7月まで書いてハッとするんですが、2018年は学生時代ぶりにめっちゃライブ見てます(上に書いてないやつもたくさんある)。意識して見に行った部分もあるので、実現できていていまさら嬉しい。生の感情が勝手に踊ってしまう瞬間が見えるから、ライブ好きなんだ。2019年は久々に舞台も見たい。

8月はカレンダーが完全白紙なんですが、コミケに行ってますね。秋葉原サイファーは新譜「OUTA」を頒布しました。お品書き作成によってDTPの腕が若干上がって嬉しかった。
コミケ2日目の8月12日早朝(ってか11日深夜)、和田輪さんがバーチャル受肉を果たして、各界に衝撃が走りました。
そして下旬には人生意味不明選手権大賞受賞、「安室奈美恵さんが表紙のVogue Japanに載る」が起きて、さらにフリーライターになりました。

8月から激動だった。

9月からは幸いなことにぱちぱちと仕事をいただきました。仕事の履歴はこちらに。ゲームショウとかの取材に行きつつ、9月末にはいきなりおじさん2人旅の台湾旅行。

10月は相対性理論の記事を書いたり、エロマンガの記事を書いたり、こういう多様性が大好きなので、楽しい月でした。また、人生初の整体にも行って、頭をグリグリ押され、「痛いですね」と言ったら「白石さん、これが痛いってことは、脳がずれてますね」と言われました。

11月にはオタクラップをフランスに届けました。下半期、思い返しても激動だ。9月〜11月が特に目まぐるしくて、それで12月は体調を崩してしまった。

12月は前述のとおりです。

 

なお、上にはあんまり書いていないのだけれど、1年を通して最もライブを見たのはおそらくMaison book girlです。Solitude HotelもBmgも行った。一昨年年末の4Fが衝撃的で、さらにそこからずっと時間軸を守っている彼女たちが格好いい。my cutを解禁するための手段もスマートでした。hituとyoru、そしてそれを踏まえたyumeの、夢と現・昼と夜を想起する演出も素晴らしかった。yumeだけはyumeのまま幕が閉じるのすごく素敵でした。ブクガのライブは、「アンコールをやらないこと」に意味があるので、その誠実さというか、まっとうさが好きです。
次に見たのは多分大森靖子さん。クソカワPartyファイナル、開始から泣いてしまった。ライブ終盤、「クソカワParty、終わらないんだ……!」と思ってからまた泣いてしまった。性差なんて気にせずに、各位自分のクソカワを続けるぞ。


そんな昨年でした。

 

・今年のわたし
昨年末、コミケのために全てを置き去りにした結果、1月2日に精神不調が爆発した。最低のスタートを切ったが、そこまで気にしていない。2019年は、仕事に注力します。体調も回復してきたし、会社に入ることも視野に入れつつ、今フリーでやってる仕事に力を注ぐ。やる気がある。自身のできることを全力でやった結果、幸せになる人々が増えることを目指したい。そう思っている。
あと、意味不明なことを引き続き受け取りたいし、発信したいし、意味不明をすべて背負って、ゆっくりでもいいから進みたい。サイコーの年にするぞ。

 

よろしくお願いします。

アスキーからコミックビームへつながる縁

コンピュータとゲームとマンガが好きなので、そういう話をしつつ、最近読んだ本の話をします。

 

最先端メディアの周りには、それが生まれる以前には活躍の場を持たなかった人や、とにかく新しいものを受容したくてやきもきしている人や、それに魅了されたヤバイ奴らが現れる。毎日新しいことが起きるから、ルールを作る前に新しい反則が生まれてしまう。そんなスピード感の中で、人々が目まぐるしく生きていく。だから新しいメディアは面白い。
80年代の人々にとって、それは「コンピュータ」と「ゲーム」だったのだ。そして、それを扱う雑誌が意味不明にバグっていた時代だった。

80~90年代の『ファミコン通信(後のファミ通)』について書こう。ファミコン通信アスキー(現・KADOKAWA)が刊行していたゲーム雑誌だ。
アスキーは『月刊アスキー』を刊行し、米・マイクロソフト社とともにパソコンの共通規格「MSX」を提唱・普及させるなど、日本のコンピュータ雑誌文化を担った企業である。本題からずれるので多くを語ることはしないが、日本のコンピューティングの発展・普及は常に、アスキーとともにあったのだ。現在はKADOKAWAグループになったが、近年電子化した『週刊アスキー』や、アスキー・メディアワークスの社名などに、今も名前を残している。
当時、『月刊アスキー』の別冊誌が『LOGiN』として独立、ここから派生したテレビゲームの専門誌が『ファミコン通信』だった。ここでは80年代後半~90年代前半、ファミコン通信で連載していたマンガを一部紹介したい。

 

羽生生純+竹熊健太郎ファミ通のアレ(仮題)』

 

餅月あんこ『ドラネコシアター』

 

桜玉吉しあわせのかたち

 

鈴木みそあんたっちゃぶる

 

ゲームの雑誌で、なんでこんなに濃い連載陣がマンガを描いているのかといえば、要するに「今、ゲームがオモシロイ!」と思った人々がマンガを描いていたんだと、そういうことだと思うのだ。でも、『ファミ通のアレ』なんて腐乱死体となった桃太郎一行がガンジス川を流れていく様子とかを定期的に描いてたり、『ドラネコシアター』は相模女子大学付属高校でハンドベル部に所属する著者の部活の話とか延々描いてたり、『しあわせのかたち』は連載後年鬱になっちゃうし、あんたっちゃぶるなんて「香港マジコン最新事情」みたいなマンガを複数回掲載してて、毎日いろんな事が起きる世界をどうやって切り取るのか、そういう試行錯誤の中で言論の質も高まっていった結果ノンルールでソリッドな誌面が作られていったのかな、と想像できる。
ちなみに90年代半ばからゲーム雑誌にはゲーム会社の広報チェックがバチバチ入るようになり、こういうお祭りな状態は静かに終焉を迎えることになった。
で、その後95年、『アスキーコミック』を前身としたマンガ雑誌コミックビーム』が創刊する。編集長(現在・編集総長)の奥村氏は元秋田書店からアスキーに移籍した人で、秋田時代の上司には伝説の編集者、壁村氏がいる。手塚治虫とか赤塚不二夫とか吾妻ひでおの事を調べると必ず名前が出てくる人だ。その後ファミ通二代目編集長の浜村氏が代表取締役を務める株式会社エンターブレインが発足、コミックビームエンターブレイン刊行書籍となる、という流れのはず(間違っていたら修正します……)。
で、今もコミックビームは刊行しており、出自は全く異なるものの「平成のガロ」とか呼ばれている。

マンガ家として餅月あんこ氏の名前を聞くこともなくなり、鈴木みそ氏はビームを"卒業"してしまったけれど、かつて最先端を走ったゲーム雑誌の息吹が、今もマンガ雑誌に息づいているということに感動してしまう。

と、まあここまでを前提として、先日こんな本を読んだ。 

周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集

周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集

 

姫乃たま『周縁漫画界』

コミックビーム連載陣へのインタビュー集だ。著者の姫乃氏は方方でコミックビームへの愛を語りまくっていたら編集部から連絡をもらい、インタビュー連載をすることになったという。前述の不思議な経歴で生まれたマンガ雑誌の姿に、彼女はマンガ世界の「周縁」を見て、自身の気持ちとともにインタビューを丁寧に起こしていく。彼女の新鮮な体験が、そのまま文字になっているところが素敵で、歴史に思いを馳せながら読んだ。面白い本でした。

 

かつてコンピューティングという新しい文化の最先事情を追いかけた雑誌があって、それを源流に持つマンガ雑誌が今もあって、そして現在のビームを純粋に愛する人が今、インタビュー連載を行っている、そんな「流れ」にも感動してしまう。

ゲームもコンピューティングも人々のもとに行き渡り、目新しいものではなくなった。「最先端」という言葉自体が古い言葉になったようで、使うのもなんだか気恥ずかしい。しかし、今もなお、不意に周縁に最先端を見る事がある。時間も人も地続きに、世界は続いているように思う。

11月のわたし

やっと文章を書く精神が帰ってきた。
でかいイベントがあると、それを乗り越えることはできるんですが、その後に大いなる休息が必要で、もともとそんな事なかったんですけど、会社員辞めたあたりからそういう体調になっています。そういう体調と付き合っていると、11月のまとめを12月も半ば過ぎに書くことになります(来年は色んな意味でもう少しペースを上げます)。それでも生きていくぞ。

11月はOKAMOTO'Sのホール公演があり、更にフランス行きの会議・キズナアイ楽曲プロデューサさまのインタビューロックスターゲームスのコラム記事などを書き、OKAMOTO'Sの大阪公演も見て、さらに挫・人間のツアー初日、その翌日にはフランスに行く、という怒涛の半月を過ごしました。
OKAMOTO'Sのホール2公演、いずれも素晴らしい公演でした。僕はずっと彼らのライブを見ているけれど、実は東京以外で彼らのライブを見るのは初めてのことで、東京を離れた地でいつものように最高のアクトをする彼らと、それに歓声を送る西日本の人々を見て、泣いてしまいました。
また、大阪公演のコウキのギターソロはここ数年僕が見てきたアクトの中でも冴えていて、強烈に格好良かった。

挫・人間、大変良かったです。セトリなどは、まだツアーも続いているので多くを書かないこととしますが、もう僕は3曲目で涙腺が緩んでしまって……最近すぐ泣いてしまう。涙に説得力なんて求めないけれど、自身が涙を見ることで、涙に泣かされることもあり、若いながらに、人々が言う「年齢を重ねる」ということは、こういうことなのか、と思う。僕らは勝手に、大人になっていく……。

そして15日~20日、フランスに行き、「オタラップ」をフランスに伝播させてきた(前後編の記事を書きました)。フランスから帰ってきたら想像以上に自分が燃え尽きており、というか僕は得たものを文字や言葉にして放出しなければ次に進めないので、時間をかけて前後編の記事を書き、ようやく今に至る。カレンダーを見てみるとフランスに行ったあと、仕事も含めて予定が全然入っていない。

その後は11月25日、Maison book girlのワンマンライブ「SOLITUDE HOTEL 6F hiru/yoru」を見た。これはちょっと、独立した記事を書けたら書きます。素晴らしいライブだったので……。

そんな11月でした。ちなみに12月は末にコミケが控えておりますため、「12月のわたし」も近々更新予定です。気を抜くと行ったライブの記録になってしまうので、ぱちぱち仕事します。ぱちぱち!

リヨン旅行記(オタクがフランスでフリースタイル早口オタクラップをやった話)後編

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「JAPAN TOUCH」会場のEUROEXPOです。

---3日目(11月17日)---

前編はこちら。http://hitodama128.hatenablog.jp/entry/2018/12/06/195512

 

書いている記事に赤を入れたのち、タクシーで会場に向かう。
会場で出会ったTomasはもちろんコスプレで現れた。FGOから、カルデアボーイズコレクションのプロトセイバー(ホワイトローズ)!背も高くてビシッと決まっていた。

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当日のTomas。

キメキメなのだが、肝心の彼は朝から慌てていた。「どうしよ!カジュアルの服を忘れました!」
と、つまりコスで自宅から車に乗ってきたので、普段着が無いという。Tomasにはなんというか、こういうとぼけたかわいいところがある。この日の夜にはAsian dreamer主催の祝賀会的なやつが予定されており、「僕はパーティ、これで出ることになります!」と言っていた。なんか、バッチリ決まってるし良いのでは?と思った。

ブースの設営にあたり、売るもののないブースで、売るものがないなりに準備を進めた。日本で開催したオタラップの動画を流し、その横にはTomasの希望で彼のコスプレ写真(2L光沢紙)販売ブースを設置、さらに「MC Woodの似顔絵コーナー」を開き10ユーロで来場者の似顔絵を描く。後ろにはオタラップのポスター布を掲示してブース設営完了。……これは一体なんのブースなんだ?
などと言っている間に朝10時、開場。とにかく人が入ってくる。我々のブースのすぐ左にニンテンドースイッチのオフィシャルブースがあり、しかもポケモンピカブイ発売直後(当日だったかも)ということも相まって、子どもたちは開幕スイッチダッシュをぶちかしていた。
開場直後から我々は、Tomasのポテンシャルの高さを目の当たりにすることとなった。とにかく数多くのコスプレイヤーが我々の謎ブースを訪ねてくる。「Tomasはいる?」と言った感じでコスプレイヤーがどんどん来る。どうもTomas氏、リヨンコスプレ界でかなり有名な模様。改めて彼のFacebookページとか見に行くと、フォロワーがめっちゃ多い。

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Tomasの写真販売ブース。

お昼ご飯などもくもく食べつつ、気づいたら本番。大きなステージに、前日顔を合わせたDJのRedaくんが板付きで、司会としてTomasとAbiが立つ。彼らの紹介で我々も登壇した。ここでもTomasのお友達が見に来てくれていたようで、彼は黄色い歓声を浴びていた。なんだか全体としてかわいいカルチャーだった。
本番では予め用意したバトルのチュートリアルパフォーマンスを行った。ローカライズしたフランス語文をプロジェクションしつつ、オタクの早口を早口でやる。その後、フリースタイルでもう一度早口。「日本でこういう事をやっているから、フランスの皆もよかったら参加してくれ!」というようなことをTomasに伝えてもらい、無事にアクトは終了。めっちゃホッとした。日本でも受容者の少ない謎の戦いを、謎文化を、遠いフランスの地に運んでしまった。
振り返るとReda君は「日本の見たこと無いやつ」を目の当たりにして、もう心身ブチ上がっていた。

 

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本番直前の我々と、アクトする我々。


我々的には肩の荷が下りてホッとしたのだが、イベント的にはここからが本番だ。現地の人々から参加者を募り、オタラップをやってもらわなければいけない。予選を小さな舞台で行い、そして決勝は先ほど我々が登壇した大きな舞台で行う。こちらも、Tomas・Abiの尽力により結果としては4人のMCが名乗りを上げてくれた。
ステージから降りて、しばし休憩ののち、予選会場へ向かった。いきなりラップをすることになった現地のオタクによる、初の「オタラップ・イン・フランス」をついに見られるのだと思うとワクワクした。会場に着くと、想像を超える状況が目の前に現れた。予選会場はステージもなく、机にDJ・PA卓を置いてヒラの舞台で戦うことになるのだが、本番でマイクが1つ壊れてしまい、もろもろをAbiが持ち前の現場力でどうにか進行していた。まずAbiの司会力の高さにビビる。
バトルでは自身のターンが終わったらマイクを相手に渡す、というシステムが急遽構築されていた。スクラッチで8小節ごとに交換する、というようなこともなされず、各自自身の云いたいことを言ったら相手にマイクを渡す方式だった。ああ、僕は一言も彼らの言葉の意味がわからないけれど、やっていることは第0回で見た「オタラップ」そのものであった。

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特にこのメイド服の男が超早口だった。

言いたいことを携帯電話にメモって、画面と目の前の相手を交互に見ながらマイクを持って戦うオタクたち……全員結構早口……。一言も意味はわからないが、オタクが早口で、自身の言葉の発露を自身が初めて目撃するショックに驚きながら、たどたどしく何かを語る姿……。まさしくオタクの早口をラップと言い張る我々の活動そのもので、爆笑しながら感動してしまった。
原初の感情、何かを伝えたいという気持ち。自身の予想を超えていく自身の言葉や動き。ぼくには、この瞬間のあなたたちの驚きや嬉しいや怒りや焦りやつまづきやたどたどしさが、かなりわかる。全部わかるなんて言えないけれど、少しどころじゃなく、かなりわかる。ぼくらは似ている。そんな事を思った。だから笑った。最高だった。後ろでDJをしているRedaも時々マイクを握って、自身のラップを披露してくれた。

登壇したのが4人だったので、決勝の舞台ではいくつかのアクトを経たのち、トーナメントを組むのではなく登壇者全員を表彰する形で終わった。こういう機転のきかせ方もAbiのすごいところで、めちゃくちゃ能力が高い。
一通り終わったあと、決勝に出てくれた4人には感謝を伝えた。本当に嬉しかった。

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ファイナリストたち。

一通り終わり、自分たちのブースに戻った。Woodさんは似顔絵ブースを引き続き進行、僕はボケッとしていた。すると興奮したReda君がやってきた。
「オタラップはヤバい」
「今日DJできたことを誇りに思う」
「伝わる人は少ないかもしれないけど、0から作っていこう」
「週明け学校が始まったら今日のことをクラスで話すよ」
とめちゃくちゃ嬉しいことを言ってくれた。自身の作った曲なども聞かせてくれた。
「この後、入口近くの小さなステージで友人がダンスを踊る、自分はDJをするので、ぜひそのアクトを見に来てほしい。友人も紹介したい」
と言ってくれたので、ステージを見に行った。
これがまた面白い。フランスの学生たちが同人アイドル活動のような事をしていて、Redaが紹介してくれたのはグループ「Amaitsuki(甘い月)」のAroeさん(甘い月のメンバーは皆、食べ物の名前を名乗っている)。彼女が舞台で歌う、RedaがそのバックDJをするというので客席の最前列で見ることになった。ここでも衝撃的な出会いが。

まさか、フランスに来てMaison book girlのカバーを聞くと思わないので、びっくり仰天した。Aroeさんは日本のアイドルが好きで、ブクガも気に入っているそう。

その後、Reda君のDJコーナーがあり、彼が作ったリミックス楽曲などが流れ、オタクたちが不得手なダンスで盛り上がるという挙動を見て大変楽しかった。例えにSoundCloudの彼のアカウントから1曲引用するが、Reda君はこういう曲を作ってて、会場で爆音で流すのだ。

soundcloud.com

太鼓の達人のビートにBad Apple!!乗せてリミックスするっていう発想に爆笑。僕の知っている曲がかかるたび、僕の反応に彼も喜んでおり、不思議な共感によってコミュニケーションがなされていた。

この催しが終わる頃、JAPAN TOUCHも閉幕。その後、祝賀会が開かれた(Tomasはプロトセイバーのまま参加した)。超へろへろだったのでこの辺から日本語も英語もよくわからなくなってきた。とりあえずワインを飲んで肉を食べた。Woodさんはワイン飲みまくって寝てた。

横の席に座った日本人の方は、「リヨンで神輿を挙げる」というプロジェクトを担っており、神輿を担ぐ職人さんと神主との二人組だった。よくよく聞いたらお二人、行きの飛行機も僕らと同じ、席も僕らの真後ろだったという不思議な縁。神輿職人の宮田さんはヨーロッパでの神輿渡御活動をしており、「祭の男」というタイトルで彼にフォーカスしたドキュメンタリー映画も公開予定らしい。

www.miyatanobuya.com

あまりにもジャパニーズ・トラディショナルすぎて俺たちの企画の意味不明さが浮き彫りになってくる。同じ所で祝賀されてんのが意味不明だ。

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コースだったのだが、メインの写真しか撮ってなかった。美味しかったです。

ご飯を食べてホテルに戻った。超疲れたけど一安心……!

 

---4日目(11月18日)---

JAPAN TOUCH2日目の日曜日。前日アクトを完了しており、この日はやることもないので正直、一人でタクシー乗って観光でも行くかと思っていたのだが、前日多くの出会いがあったので会場に行くことにした。しかし、売るものがないので2日目の当ブースはマジでWoodさんの似顔絵しかプッシュポイントが無い日であった。Tomasは今日は別の衣装、先輩との合わせコスで現れた。

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2日目のTomasと彼の先輩。

Tomasはただでさえ背が高いのに、今日は5cm位あるヒールを履いていた。しかも、
「今日は、カジュアルの服は持ってきたんですけど、普通の靴を忘れました!」と言っていた。相変わらず、ちょっとミスる。

Woodさんは大変そうだったんですが、僕は本当にやることもなかったのでコスプレイヤーの写真を撮ってました。Woodさんから「私の分も、コスプレイヤーの写真を撮って下さい」と司令も下った。皆ハロウィンの仮装のようなお祭りのノリでコスプレしているので、撮影するこちらとしても気が楽だった。「宝石の国」コスの人が数人居たのが、とても印象的だった。アニメで見ているそうで、確かにコスプレ映えするし、しかも「宝石の国」って日本語タイトルで通じるのもすごい。
また、「クッパ姫」「キングテレサ姫」なども居て驚いた。

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キングテレサ姫。

 

さらに、会場で「Fate/stay nightオリジナル版遠坂凛」のコスプレしてる人を見つけてしまい、感激して写真を撮った。今、SN版遠坂のコスプレを見られたことに大変嬉しくなってしまった。彼女はFGOをプレイしているのだが、FGOにはUSサーバしかなく、Euro圏では通信ができない。そのため、プロクシサーバを介してUSサーバにアクセスしてゲームをプレイしている、と言うような話も聴いた。画面も見せてもらった。

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 Suika-Misaさん。

自ブースに戻るとMC Woodの似顔絵コーナーが盛況。家族連れが子供の顔を描いてもらおうと列を作った。また、Reda君が昨日に引き続き同じステージでDJをすると言うので見に行った。
これ、全部そうなのかはわからないんだけど、「DJで4つ打ちが流れるとオタクが走ってきてサビで踊り出す」っていう様式が有るのか?めちゃくちゃ面白かった。
要は、「アニクラ」的な文化がないのだろう、爆音で自分の好きな曲が流れるこのイベントは、彼らにとってマジで貴重な機会なのだと思われる。そこで彼らは原初の動きで身体を動かし、全力で音楽を受け止めていた。
Redaは自分のアクトが終わると、仲間たちを紹介してくれた。昨日知った”Amaitsuki”のメンバーも数人居た。
みんなで輪になって座った。ほぼ全員10代の、日本カルチャーが好きな少年少女たちと会話を交わした。
「なんで日本はカルチャーをもっと輸出してくれないんだ?」という質問が飛んできた。よくよく話を聞くと、アーケードゲームが全く入ってこないため、困っているという。
アーケードゲームはパリにもほとんどないし、特にコナミのゲームができないんだ」
コナミのアーケード筐体はリヨンでは稼働していないらしい。彼らの語り口だとパリにも無さそうだ。しかもアーケードゲームの筐体はサーバで管理されているため、たとえ個人的にフランスに持ち込んでもプレイができないのだ(そんな個人輸入が可能かどうかは別にして)。一人、中でも年上の男が財布を取り出した。白く擦り切れたe-amusement passコナミのゲームをプレイするときに使うユーザ用カード)を出し「これは昔日本に行ったときに作ったけれど、日本でしか使えないんだ」と言った。
「音楽やゲームも、EuroのVPNで弾かれてしまうし、デジタルコンテンツショップのカード決済も通らないんだ」
彼らは、憤っているというよりは、困っていた。横からRedaも会話に加わった。
「僕はDDR(Dance Dance Revolution)を実機でプレイするのが夢なんだ」
この言葉を聞いて、僕は自身の認識の浅さに反省した。ここで会話をするまでは、「彼らのところには日本のアニメやゲームなどの『わかりやすい部分』しか届いていないし、彼らはそれを評価して盛り上がっているのだ」と勝手に思っていた。しかし、それは正しくなかった。彼らの中の何人かは、マジで困っている。そして、日本カルチャーの深層へアクセスする手段を増やすために行動している。VPNを乗り越えるためにプロクシを刺して、日本語を学びながら、必死に”何か”を受容していた。

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会話を交わした皆と写真を撮った。

 

2日間に渡るJAPAN TOUCHは閉幕した。Redaは僕らとの邂逅に対してマジで、終始バチクソ盛り上がっていた。物販は税関で止まり、売るもののない謎ブースを立ててしまったが、こんな少年と出会えたことだけで試みとしては大成功だった。「必ずまた会おう」と約束して会場を出た。明日はWoodさんと2人で午前中に空港に行くことになるので、ここでAbiとTomasともお別れ。Tomasはカジュアルの服にレディースのパンプスを履いていた。
「いつか日本に来ることがあったら必ず連絡をください」と伝え、彼らと別れた。

---5日目(11月19日)---

前日予約しておいたタクシーに乗り、Woodさんと2人でホテルを出た。20~30分も走るとサン・テグジュペリ空港に着いた。€を使い切りたいのでお土産でも買おうとショップに。どうも、本屋&売店のような店で、雑誌の品ぞろえが良い。コンピュータ誌のコーナーが充実していた。

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コンピュータ雑誌・ムックのコーナー。Linux誌が面出しされてるの、すごい。

ここからパリのシャルル・ド・ゴール空港まで1時間ほどのフライトの後、トランジットして成田まで12時間ほどのフライトになる。リヨンからの飛行機は問題なく飛んだが、トランジットが1時間しかなく、しかもミスって空港内で道を間違え、かなり危険な時間にゲートに着いたが、結局パリから出る飛行機が1時間遅れたためセーフ。
飛行機に乗り、寝るかねまいか、ゲームでもするかと悩みながら1時間ほどがたった時、機内食の案内表が運ばれてきた。その直後、フランス語・英語・日本語のアナウンスが流れ、機内がざわつく。訳された日本語のアナウンスは最低限で、どうにも何が起こっているのか把握できなかったのだが、そんなとき、隣りに座っていた旅慣れたおじさんが声をかけてくれた。どうも機内の警報装置に故障が見つかったらしく、シャルル・ド・ゴールまで引き返すとのこと。ユトレヒトの上空からパリに戻ることになった。

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GDG(シャルル・ド・ゴール)→CDGというあんまり見ない案内画面。2枚目では、高度を下げるためにぐるぐる回っている事がわかる。

おじさんは「あっちでアイス配ってるぜ」など有益な情報をいろいろ教えてくれた。機内食を食べそこねたので白ワインを飲み、アイスを食い、「戻ったらタバコ吸える?」「多分」などの会話をしながらシャルル・ド・ゴールに再着陸。
13時に出る予定の飛行機が14時に出て、15時頃に引き返し、16時頃にパリに再着陸、結局再フライトは19:35に。

ロビーに行くと20€分のお詫び券みたいなものをくれたので、お土産をもう一度購入。集中力も無くなっており、この辺の記憶がくた〜っとしているが、まあ飛んだのだ。

 

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もう集中力も切れ、かなりどうでも良くなっていたので、19時過ぎるという表示を見て笑ってしまった。


そういえば前編では書きそびれていたが、エコノミーでも機内食は全て美味しかった。白ワインを延々と飲んで寝た。起きて少し経ったころ、11月20日17時の日本に着陸した。

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帰りに食べた2食。メインも美味しかったのだが、既成品のパンとチーズが大変まともなので、それだけで全部許せる感じもある。

 

「行きにはうどんを食べたから、成田に帰ったらそばを食べよう」と話していた。降りて直ちに漬物とそばを食べ、なんかすごくホッとした。

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成田で食べたそば。そば湯が飲みたかったのだが、なかった。

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成田空港駅にて。

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こんな旅行でございました。出会い、「オタクがフランスで早口オタクをやる」という謎の実績を得たこと、などなど多くのことに感謝しています。特に、現地の若いオタクが本気で情報を得ようとする姿を見られたことが、めちゃくちゃ嬉しかったです。貴重な体験でした。
引き続き、オタクと早口で喋りながらそれをラップと言い張る活動をしていきたいと思います。

リヨン旅行記(オタクがフランスでフリースタイル早口オタクラップをやった話)前編

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シャルル・ド・ゴール空港です。

 

11月15日〜20日までフランスに行ってました。3泊5日かな、そういう旅程です。
僕の父親は「デザイン」と「日本酒」の仕事をやっているのだが、加えて3年ぐらい前から「オタラップMCバトル」という「オタクのフリースタイルラップバトルイベント」を企画している。僕は父親とともに、「オタク・ラップ世界」を盛り上げていこうと、まあそういう活動をしている。ここに突っ込みが入るとかなり説明が長くなるのでここは飛ばす。
父は今年、酒の仕事で数回フランスに行っており、そこで知り合った日本人のごはんイベントを動かしている人に、「そういえば白石さん、なんか面白いイベント企画してたよね? リヨンで開催される日本エキスポみたいなやつに出展してみない?」というようなお誘いをいただいて、今回「オタラップMCバトル in France」が実現した。
フランスに行くのは父と、MCコースこと僕と、オタラップMCバトルに初回から出演しているMC Wood。
Woodさんはプロデザイナーであり、友人のバンド挫・人間のツアーTシャツ(通称”コロT”)のイラストレーション・デザインなどもやっている男だ。寡黙で実直な、今に至るまでラップになんの興味も持たない、ただのイラストレーター・デザイナーなのに、謎の力が働いてオタクと一緒にラップをすることになり人生の狂った男だ。このカルチャーの1番の被害者であり、それを物語と捉えるならば悲劇か喜劇かもわからない。ちなみにMCバトルではフリップを使った独自のスタイルでバトルを行う。

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真ん中のアフロがMC Wood。マイクではなくペンを握る謎のスタイルで、 異色の社会人オタクラップグループ「NAKAZ TOBAZ」のメンバーとしても活動中。

 

と、キャラクター紹介の時点でかなり意味がわからない。ちなみに僕もこのイベントによって人生を大幅に狂わされており、自分のオタクの早口を「ラップ」と言い張りながら他方で開催していたラップバトル「マンガMCバトル」に出場、対戦相手の人気ラッパーなどに早口オタクを押し付けて優勝、商品に「水木しげる作品集 第1期」をもらったりしている。

さて、そのような経緯でそのようなメンバーがフランスに行くことになった。話をもらったのは8月ごろで、「マジかwwwwww」などと言っていたら瞬く間に2カ月が経ち、開催地の詳細やイベントのタイムテーブル、滞在日程なども明らかになり、現地でお世話になる人々とのビデオチャット会議や仕事の日程調整などを経て渡仏と相成った。ちなみにバカなので仕事の日程調整は全くできておらず、ライブを見たあと徹夜で原稿書いてそのまま成田に行った。

前提を書くのに1000文字もかかってしまった。

---初日(11月15日)---

さて、そんなわけで渡仏。父は飛行機も宿も別なので、僕はWoodさんと行動をともにすることになった。15日9時ごろ、成田空港で出会ったWoodさんはどう見てもやつれており、聞いたら徹夜で仕事をしてそのまま来たという。僕も同じく徹夜なので、やつれたオタクの男が2人で立つ成田のそぐわなさに笑ってしまった。
搭乗して12時間、エールフランスのエコノミーでフライト。機内アナウンスがすでにフランス語で、面白い。先月行った台湾でも感じたが、「一言も言ってることがわからない人間」を目の当たりにするのはかなり面白い。ちなみに台湾旅行は、中国語は読めないものの漢字の意味はわかるので助かった。対してフランスはすべてアルファベットなのに加えてフランス語も全くわからないため、もう渡仏前に全てを諦めていた。Woodさんは初海外、僕もユーロ圏は初めて。しかも今回は旅行ではなくイベントの登壇なのでコミュニケーションがかなり大事なのだが、現地の通訳を信じるしかない。そして僕らは中学英語とGoogle翻訳で戦うしかないのだ。

12時間ほどのフライトを経てパリのシャルル・ド・ゴール空港に到着。そこからトランジットして1時間ほどのフライトで、イベント開催地であるリヨンに向かう。

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ちなみに今回登壇する「JAPAN TOUCH」というイベントはリヨンで20年行われているジャパンカルチャーのオールジャンル展示会で、マンガやフィギュア、ゲームのショップから、バンドの演奏、盆栽の展示まであるという、まさにオールジャンルなイベントだ。僕らはリヨンの「Asian Dreamer」という団体との共催でオタラップを出展することになっている。

現地時間15日の17時ごろ、リヨンのサン・テグジュペリ空港に到着。ビデオチャットで顔を合わせた現地の人が、2人で迎えてくれた。

一人はabi。「Asian Dreamer」のスタッフだ。とても若いが、滞在中に見た彼女は常に利発で、勝気で、仕事のできるパキパキした人だった。英語もほとんど通じない彼女だったが、僕らの滞在中、常に僕らのことを考えてくれていたことは、言葉を越えて伝わった。
もう一人はTomas。今回の通訳を担当してくれた。まだ学生だが仏日英韓語を話すスーパーマンで、日本への留学経験もあると言っていた。背の高いキリッとした格好いいやつで、しかし、高い声で丁寧に話す姿に不思議な愛嬌のある人だった。彼は”悦二郎"という名前でコスプレイヤーをやっており、そんな彼の活動がイベント本番でとても大きな役割を果たすことを、僕とWoodさんはまだ知らなかった。

2人はタクシーを手配して、僕らをホテルに送ってくれた。Abiは自分の車で僕らに同行した。Tomasは日本語がうまい。タクシーの中でも、「フライトは大丈夫でしたか?Wi-Fiルータは必要?」などと気遣ってくれた。ちなみに僕はオタクなので現地SIMをあらかじめAmazonで買っていた(結局、Twitterの凍結が怖かったのでソフトバンクの海外自動パケホーダイプランを使ったが)。

18時ごろホテルに着いた。「JAPAN TOUCH」は空港にほど近い展示場「EUROEXPO」で行われ、僕らのホテルは空港を挟んでEUROEXPOの反対側にあった。空港近くなのでほぼ何もない、閑散とした場所だった。
ホテルに到着後、早速問題発生。夕食の手配がされていなかったという。僕らも大人なので、近くにレストランでも探すよ、と言ったが、彼らは事態を重大に捉え、Abiの車でバーガーキングに連れて行ってくれた。写真を撮り忘れたがとにかく、デカい。1000円ぐらいのセットで、価格も内容も日本とあまり変わらないが、バーガーと飲み物がアホみたいにデカい。さっそく洗礼を受ける私たち。しかもWoodさんは言葉がよくわからないままセットを選んだら、ただのポテトを選んだはずがチーズとベーコンの細切れが乗ったやばいポテトになっていた。

海外旅行はやろうと思えばすぐにできるけれど、現地の若者とファストフードを囲みながら会話できる機会なんて普通の旅行じゃそうそうない。そんな機会が渡仏後早速巡ってきて嬉しかった。Abiは21歳、Tomasは23歳だと聞いた。「見た目からは東洋人の年齢がわからない」なんて通説の話もした。僕らの見た目も実年齢より若く見えると言っていた。僕は日本人どころかワールドワイドに人間の見た目から年齢を推測するのが苦手で、そもそもあんまり人の年齢に興味もないので(聞けばいいし)、やっぱり彼らの年齢を当てることはできなかった。

その後ホテルに送ってもらい、初日は終了。ホテルのベッドが小さくて、Woodさんは「私で小さいんだから、こっちの人無理でしょ」などと愚痴をこぼしていた。

 

---2日目(11月16日)---

起床。今日はお昼に市内に行って、現地スタッフとの打ち合わせなどを行なったのちに、昨日会った2人がリヨン旧市街を案内してくれるらしい。その後イベント開催地の下見もする予定だ。ホテルで朝ごはんを食べて、フロントでタクシーを呼んで市内に向かう。
ホテルの朝ごはんはパン・チーズ・コーヒーなどのバイキング形式で、普通の、むしろ少し質素なものだったが、とにかくパンとチーズとコーヒーがめちゃくちゃ美味しいので優勝。バターも無塩バターだし、チーズはブリーがホールで置いてあるし、無敵か!という感じだった。

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ホテルの朝食。そもそも生活がバグっているので、毎朝決まった時間に御飯食べられるだけでかなり満足。 


タクシーで市内に向かう。市内の「市場兼ご飯どころ」的な施設で全員合流し、お昼ご飯を食べた。

 

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市場の様子。鶏が結構ショッキング。  

 

そういえばボジョレー解禁してるじゃん、ということでリヨンで解禁直後のボジョレー・ヌーヴォーも飲んだ。

 その後、AbiとTomasの案内で「リヨン旧市街」へ。
リヨンは古い街だ。15世紀の建物なんかが残っており、新旧の景色と生活が混然とした街に見えた。

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左がリヨン市内・右は旧市街で撮った写真。シームレスにこういう町並みが出現する。 

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旧市街の町並み。

 

彼らの案内で観光しつつ、Woodさんの強い希望でリヨンの「印刷博物館」へ向かった。この博物館がめちゃくちゃ素晴らしい。ユーロを起点にさまざまな「印刷」の歴史を紐解き、銅板・活版と進む時代の中、一番最後にはDTPの始まりまで展示されていた。

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印刷博物館では活字拾い(いわゆる、『銀河鉄道の夜』のやつ)の時代からコンピューティングの台頭までを追いかける素晴らしい展示を見られた。

 

ここで出会ったApple Keyboard IIのAZERTY版がめちゃ格好いい。絶対扱えねえ(だってAとQ・ZとWが入れ替わっちゃってるから無理)、扱えねえんだけど欲しい。

 

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そんな感じで観光を終え、我々は明日の展示会場、EUROEXPOへと向かった。EUROEXPOがとにかくデカい。ホールが7つあり、JAPAN TOUCHが行われるのはホール2。ホール7付近で車を降りてしまったので、小雨の降る中とにかく歩く。ユニクロのブロックテックが超優秀。ホール2に着くとこれまたデカい。ホール2だけで国際展示場の東123+456ぐらいあったように思う(伝わる人にだけドンピシャ伝わる例え)。ここで我々のブースを探すためにこれまた歩く。歩き、歩き、歩くとようやく見つけた我々のブース。父の会社ではオリジナル製品も扱っているので、Tシャツやシールなども売る予定だったのだが、これらが税関でストップしてしまい、我々は売る物のないブースの前で心もとない顔に喜びを湛える複雑な表情で写真を撮った。

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売るもの無いけど……。

 

Asian Dreamerの偉い人とも挨拶をした。とにかく、当日お世話になる人々に次々とあいさつをして行くのだが、「舞台監督を出してくれ」「当日のリハを舞台でやらせてくれ」という要求は全く通らず、ここでリハ無しが確定した。また、現地でDJを担当してくれる青年、Reda君とも出会った。我々のアクト中、「バースの間にリアルタイムでスクラッチを入れることは可能か?」ということを聞くと、機材がないので難しいという。仕方がないので、「bpmを揃えてスクラッチを入れてくれ」「8小節で4回スクラッチだ」「速い」「まだ速い」「遅い」などとやり取りをしてなんとか当日用のサウンドが完成。彼とはうまくやっていけそうだと思った。

こんなやり取りをしてイベント準備は終了(できないことがたくさんあることがわかった、ぐらいの準備だが……)。とりあえずホテルに戻った。

晩御飯を食べるため、ホテル付近のご飯どころを検索して向かう。英語メニューがないのでGoogle翻訳全頼みでバーガーを頼み、Woodさんとワインを飲みながら明日のことを話し合う。僕はフリースタイルでやるだけなのだがWoodさんはアクトに事前準備が必須なので、これから来る大量の仕事に対して今から疲れ切っている、というような表情だった。

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肉ばっかり食べてるな? お腹弱いけど滞在中一度もお腹壊さなかったよ。

 

---3日目(11月17日)---

3日目、いよいよ本番である。ところで、Woodさんはユニットバスを使うのがめちゃくちゃうまい。水滴一つこぼさないで風呂からあがるので、一度「本当に風呂上がりました?」と聞いてしまった。
午前中に赤字を戻す仕事があったので、iPad Pro+Apple Pencilが超仕事をした。Mac持っていくか直前まで悩んだけど、iPadで行けた。本当に良かった。不安だったので一応家のMacは電源つけっぱでリモート確認できるようにしてあったけど、使わなかった。
ちなみにこの時赤字を入れていた記事が、こちら。

realsound.jp

リヨンのホテルでキズナアイの楽曲プロデューサーインタビューに赤を入れ、午後には舞台で「オタク・ラップ活動」のプレゼンをするオタク。なんだそれ。

 


と、ここまでで5000字。あまりに長いので、前後編に分けますね。

 

後編はこちら。

http://hitodama128.hatenablog.jp/entry/2018/12/15/190205

10月のわたし(台湾の写真アップしました)

 瞬く間に気温が下がり、底冷えで起きる毎日が始まった。みんなはいかがですか。僕はお布団新調したら超あったかくて、寝てる間に暑くて剥いでるっぽい。本末転倒。

 10月もいろいろありました。8月に仕事を始めましたがまだ個人事業主の開業届も出しておらず、そうこうしているうちに案件が増えて元ニート、忙殺されておりました。11月は開業届を出すぞ。

 

10月頭に行った台湾の写真です。

20180928-1001台湾

 

 仕事でいうと、月初は台湾から帰って早々、東京ゲームショウの原稿を書き、その後ソニーのAIにまつわるイベントレポートを書いたり、相対性理論のアートインスタレーションにまつわる記事を書いたり、その翌日エロマンガ家&研究者のインタビューをしたり、てんやわんやでした。メディア・テクノロジー・アートにまつわる仕事が多かったので、嬉しかったです。アンダーグラウンドもオーバーグラウンドも、同人も商業も、文化も芸能も芸術も好きだよ。
 相対性理論の記事も含めて友人にまつわる仕事が数件あり、それも嬉しいことでした。

 あと、月末にいきなり紙の本の仕事が入ってきて、それも超嬉しかったのだが、実は仕事を始める直前、6年ぶりにプリンタがぶっ壊れて参った。今まではiPad Pro+Apple Pencilでどうにか赤字を入れたりしていたのだが、紙の仕事は紙印刷できないと話にならないので、とりあえずプリンタを買った。壊れたプリンタはCanonだったので、なんとなくEpsonにした。プリンタって毎年新機種が出るんだけど、根っこにあるプリンタヘッドの技術は10年前ぐらいから進化してなくて、エプソンの最新機種と1世代前の機種を見比べたら、変わってたのカラバリだけだった(のに1万円以上価格が違う)ので型落ち新品を買った。

 Epsonいいですね。10年前に使ってた頃はUI最悪で殺意がすごかったんだけど、ちゃんと進化してました。あと、新しいプリンタはプリントそのものが早い気がする。なんかカラーマネジメントも良くて、Canonの時より出したい色がすぐ出た。この辺は好みか。で、家に来たプリンタくんをセット早々50枚印刷してちまちまと赤を入れ、紙仕事を終えた。とっても嬉しい仕事だったので世に出たら書きます。他にもいくつか、10月やってまだ公開されていない奴があるので、それらはつどつどツイッターとかで報告します。

 で、今はスキャナに困っている。Scansnapのハンディスキャナ・IX100を持っているつもりだったのだが、家を探したらあったのは旧機種のS1100。別に機能的には困らないんだけど、いろいろレガシーで、特にUSB-Miniケーブルで繋ぐのがむかつきポイント。古すぎる。

 あ、あと10月はコーサカ a.k.a.高坂はしやん氏に会いました。年上のオタクは僕の知らない時代を知っていたり、同じ場所に僕より前にいたりした経験がたくさんあるので、会えると嬉しい。

 そんな10月でした。読み返すと嬉しいだらけだな。確かに、辛いこと減ったよ。文章って身体不調が続くと書けなくなるので、ライティングってすごいデリケートな能力だよな、って再び書けるようになってから気づいた。

 11月は人生意味不明大賞インターナショナル部門で、フランスのオタクの前でフリースタイルラップをすることになったので(どういう人生だ?)、それの準備や、取材が急遽入ったので色々調べ物もします。
引き続きやっていきます。